2004年 09月 02日
ブルックナー:交響曲第7番/ヘレヴェッヘ指揮 |
ブルックナーの演奏において、たびたび言われるのが、恣意的なテンポやダイナミクスの操作を行わないこと、過剰なドラマ性を持ち込まないこと、素朴で愚直であることなどといった要素。特に日本ではそれが宇野功芳氏の著作などで多くのクラシック・ファンに浸透しており、ヴァント、ヨッフム、シューリヒト、朝比奈などといったところが「ブルックナー指揮者」としての合格印を押されてきた経緯がありました。
今回のヘレヴェッヘも、ブルックナー演奏に関してはほぼ同じような見解を持っており、ライナーノートにおいても、シューベルトなどとの近親性を持ち出しながら、"violence"とはもっとも遠いところにある音楽であることを強調しています。また、彼は以前のインタビューでヴァントの指揮を高く評価していたとのことです。
が、今回の録音(オリジナル楽器オケによるこの曲の初録音)を聴くと、過去にブルックナーの名盤とされてきた録音群とのあまりの違いに驚かされます。最も大きな違いは、編成の小ささや奏法の違いに起因する響きのスリムさ。初演当時のゲヴァントハウス管弦楽団の編成に合わせて、弦楽セクションを 12-10-8-8-6という小編成にし、金管にも当時の楽器(ないしそのレプリカ)を使用しているとのことで、その響きの透明感は、過去にまったく耳にしたことのないものです。その反面において、いわゆる「オルガン的」な重厚感はまったく感じられません。
また、慣例的なテンポやダイナミクスの操作も、この演奏では可能な限り排除されており、第1楽章末尾、第2楽章クライマックスなども、実にあっさりと、古典派の交響曲のように通り過ぎていきます。
正直、この演奏に慣れるまでは、かなりの回数を聴き込む必要がありました。自分は、ブルックナー演奏に関してはさほどこだわりをもっておらず、いわゆる「ブルックナー指揮者」とされる人以外の演奏、カラヤンやショルティ、アバドなどの録音もそれなりに楽しんできましたが、実際には「大オーケストラの音響による表現力」に、ブルックナーを聴く醍醐味の大部分を見いだしていたのかもしれません。たとえそれが、カラヤンのように華美なものでも、ヴァントのような引き締まったものでも。
結局のところ、「素朴」「自然」などという表現で褒め称えられてきた過去の「ブルックナー指揮者」たちの録音群も、実質的には大オーケストラによる音響的な表現力、迫力、快感といった要素に多くを負ってきたものなのだということに今さらながら気付かされました。もちろん、それが誤ったものであるとはまったく思いませんし、ヘレヴェッヘもそんなことを声高に叫ぶつもりはないでしょうけれど。(彼自身も現代楽器のオーケストラでブルックナーを指揮していますし。)
話が理屈っぽくなりましたが、要するに今回の録音は、その透明な響きのもと、旋律や和声の織りなす調和美を味わうべき演奏と言えるのではないかと思います。ヘレヴェッヘが初録音に7番を選んだのも、そうした要素が最も伝わりやすいからなのではないでしょうか。聴き手も、気合いを入れてブルックナーの大交響曲に立ち向かう、という姿勢ではなく、もっと自然体で接する必要がありそうです。第2楽章や第3楽章中間部などは、慣れてくるとその美しさにほれぼれします。
なお、使用楽譜はノヴァーク版とのことですが、第2楽章クライマックスの打楽器追加は、ティンパニのみにとどめています。
(2004/9/5追記)斉諧生音盤志さんからTBをいただきました。楽器編成、使用楽器についてより正確なフォローをされていますので、ご参照されたし。
* harmonia mundi (France)/HMC 901857
* ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
* フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮 シャンゼリゼ管弦楽団
* 録音:2004年4月 ユトレヒト、フレデンブルグ音楽センター
今回のヘレヴェッヘも、ブルックナー演奏に関してはほぼ同じような見解を持っており、ライナーノートにおいても、シューベルトなどとの近親性を持ち出しながら、"violence"とはもっとも遠いところにある音楽であることを強調しています。また、彼は以前のインタビューでヴァントの指揮を高く評価していたとのことです。
が、今回の録音(オリジナル楽器オケによるこの曲の初録音)を聴くと、過去にブルックナーの名盤とされてきた録音群とのあまりの違いに驚かされます。最も大きな違いは、編成の小ささや奏法の違いに起因する響きのスリムさ。初演当時のゲヴァントハウス管弦楽団の編成に合わせて、弦楽セクションを 12-10-8-8-6という小編成にし、金管にも当時の楽器(ないしそのレプリカ)を使用しているとのことで、その響きの透明感は、過去にまったく耳にしたことのないものです。その反面において、いわゆる「オルガン的」な重厚感はまったく感じられません。
また、慣例的なテンポやダイナミクスの操作も、この演奏では可能な限り排除されており、第1楽章末尾、第2楽章クライマックスなども、実にあっさりと、古典派の交響曲のように通り過ぎていきます。
正直、この演奏に慣れるまでは、かなりの回数を聴き込む必要がありました。自分は、ブルックナー演奏に関してはさほどこだわりをもっておらず、いわゆる「ブルックナー指揮者」とされる人以外の演奏、カラヤンやショルティ、アバドなどの録音もそれなりに楽しんできましたが、実際には「大オーケストラの音響による表現力」に、ブルックナーを聴く醍醐味の大部分を見いだしていたのかもしれません。たとえそれが、カラヤンのように華美なものでも、ヴァントのような引き締まったものでも。
結局のところ、「素朴」「自然」などという表現で褒め称えられてきた過去の「ブルックナー指揮者」たちの録音群も、実質的には大オーケストラによる音響的な表現力、迫力、快感といった要素に多くを負ってきたものなのだということに今さらながら気付かされました。もちろん、それが誤ったものであるとはまったく思いませんし、ヘレヴェッヘもそんなことを声高に叫ぶつもりはないでしょうけれど。(彼自身も現代楽器のオーケストラでブルックナーを指揮していますし。)
話が理屈っぽくなりましたが、要するに今回の録音は、その透明な響きのもと、旋律や和声の織りなす調和美を味わうべき演奏と言えるのではないかと思います。ヘレヴェッヘが初録音に7番を選んだのも、そうした要素が最も伝わりやすいからなのではないでしょうか。聴き手も、気合いを入れてブルックナーの大交響曲に立ち向かう、という姿勢ではなく、もっと自然体で接する必要がありそうです。第2楽章や第3楽章中間部などは、慣れてくるとその美しさにほれぼれします。
なお、使用楽譜はノヴァーク版とのことですが、第2楽章クライマックスの打楽器追加は、ティンパニのみにとどめています。
(2004/9/5追記)斉諧生音盤志さんからTBをいただきました。楽器編成、使用楽器についてより正確なフォローをされていますので、ご参照されたし。
* harmonia mundi (France)/HMC 901857
* ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
* フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮 シャンゼリゼ管弦楽団
* 録音:2004年4月 ユトレヒト、フレデンブルグ音楽センター
by ucc3apde
| 2004-09-02 23:59
| 交響曲/管弦楽曲/協奏曲